昭和44年12月22日 夜の御理解
山田さんが今夜泊ると仰る、昨日は福岡の共励会でですから何時も久富さんと、二人でこっちほうえいだいへ、うち置いて二人で泊らにゃいかんから、あちらの場合何時も遅くなりますから、帰りは御無礼致しますからと言うて、親として子供の事を、ところが善道寺の共励会おわって帰らしてもらって、ちょうど甘木のところで、北野の方へかえりたびのことのあいだのひはしはおらん、でその三叉路のところまで来た時に、がいむライトがふっと消えていたんです。
どうもこりゃ久富さんこりゃばぁいごとやらにゃいかんとばいちゅてから、その合楽に行ったら丁度、昨日神戸の人達が遅うまで居って話しておりましたから、12時ちょっと過ぎに人を送り出してしてんそしてでんきよった。そしたらようびが消えたらまた表でふたうらのれっしゃが、ただしんででしたらあんたぁここにおったちゃいかんでございません。いかんちゅうてから言うて来とったのに、そのう私がいうてこっちきたばいのと今朝から思ようりました。それけお礼に出て見えてから今の事を話されて。
もう本当にあのうこうする事が本当だと、しかもこりゃ親先生の生き方だ、というふうに思っとりながら、もう今日は遅うなりましたら、たとえ誰がおらなくてももうやはり、お礼に出て来る言う様なら、本当であったことをです。神様の知りたかったですけど、先生それがまったとても、とめた有り難いですよねと言われるから、善道寺に行ったちこれから、善道寺から曲がらんならんとこなったるのを、左に曲がったとちいたち、こんだ右ですたいねこう。
もう本当にもうただ偶然とかなにも神様がね、本当な事へ本当な事へとこう導いておって下さる事ね、実感したいうて今日は、今のお参りで4回目というて、もちろんその前を通ったちゃけど、こたいの何か注文受けられたんだと、いうてから朝参りと言う、昼ひる二人の事で一ヶ月に一回きょうしょんのお届けをしてから、ほかたがいの事が終わってからまた、前を通るなら寄らなければ居られんと言うなですね。
そしてから今ここへで今ここでけんうちがあって、そしてまた帰りに寄られるでしょうから、今日どげんお参りするわけですけんね。それでも私しゃあのうそれかんにもう煩わしいようにあるけれども、とても煩わしいぐらいのこっちゃないです。本当の事をして本当のおかげを頂くのですから、こんなあんた有り難い事はないですね。
どうぞ。